こちら、カヨ研究所!

自分を研究するためのブログ。言語聴覚士。

あなたの中の「アメーバ」が好きです。

誰かを好きになる時、

その人の何が好きかっていうと、

その人の中に入ってる「アメーバ的なもの」が好きっていう感覚がある。

 

その「アメーバ的なもの」は、

目では見えないけど、感じ取れる。

なんとなくね!

 

それはオーラ??とはまた違う感じ。

なんかもっと、その生命自体のトロトロした

「命の要素」みたいなもの。

キラキラしてたりもする。

 

もちろんそれは、人間以外の全ての生き物にも入ってる。

 

私は時々虫のこと観察するけど、(けっこう可愛かったりする)

この子たちと自分は同じように「アメーバ的なもの」が入ってるな〜って嬉しくなる。

 

 

この「アメーバ的なもの」はよくわからないけど、

これについて考えると、めっちゃ幸せな気分になるんだよなぁ。

 

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《なんで?の神様》

私の中には《ヤツ》がいる。

何かにつけて、「なんで?ねぇなんで?」って聞いてくるんだ。

 

《ヤツ》は常識が無い子どもみたい。

または地球に初めて来た宇宙人。

 

そして《ヤツ》は面倒くさい。

「そーいうもんだから!」で、納得するはずがない。

《ヤツ》の「なんで?」攻撃はしつこいんだ。

 

 

 

ある日《ヤツ》の声があまりに大きく聞こえすぎて、

耳を塞ぎたくなった。

 

 

私はパニックになって

家を飛び出した。

でも《ヤツ》は容赦ない。

なんで?なんで?ねぇなんで?

 

私は必死で逃げた。

わからない。わからない。わからないよ!

 

 

 

 

そして、私はついに逃げるのをやめた。

《ヤツ》と向き合うことにしたんだ。

耳を塞ぐのではなく、耳を澄ますことにした。

 

《ヤツ》の「なんで?」には相変わらず答えられないけど、

辛抱強く一緒に考え続けることにした。

 

 

そうしたら、面白いことが起こり始めた。

私の目がグルっとひっくり返って、

《ヤツ》の目でも、この世界を見れるようになったんだ。

 

 

で、それこそが、自分本来の目だった。

私の目が開いた。

 

 

だから、私はこれからも

《ヤツ》と一緒にこの世界に問いかけていきたい。

「なんで?ねぇなんで?」って^^

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わざわざ世界一周する意味

今日は天気が良かったから、洗濯を3回もした。

太陽に干して取り込んだ服を畳んでたら、

なんだかとても愛しい作業をしている気分になった。

 

こういうのも、生きてるってことだな〜って。

 

 

手間をかけることが、生きてることなんだと思う。

 

洗濯して、干して、畳むことって、

たぶん死んだらやらない。

 

 

死んだら手間がかからないんだよ。

 

 

私が想像する死後の世界では、

あれ欲しいと思ったらもうあるし、

あそこ行きたいと思ったらもう行ってる。

あの子と友達になりたいと思ったらもう友達だし、

こんな自分になりたいと思ったらもうなってる。

 

 

 

欲しいもののためにお金稼いだり、

行きたい場所へ行く手段を確保したり、

勇気を出して連絡先聞いたり、

なりたい自分になるために試行錯誤したり…

 

そういうのがいらないんだと思う。

 

 

だから私は、そういうことがしたい。

 

 

生きてる時しか踏めないプロセスを

地球のいろんな場所で踏みたい。

 

 

世界一周って素敵。

でもぶっちゃけ死んだら何周でも楽々できると思ってる。

 

それなのに、わざわざ今行くのは、

やっぱりこの肉体を自分で運んでみたいから。

 

手間かけてみたいのよ。

せっかくだから。

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腐る。だから、生きよ!

さっき家で、めちゃめちゃ腐ったキウイを発見した。

臭さ、見た目、申し分なく腐っていた。

 

その処理をしてたら我を忘れて、

自分のことが好きか、嫌いかなんて思考は吹っ飛んだ。

(さっきまで、自分のこと大っ嫌いモードに入っていました。)

kayoken.hatenablog.com

 

 

だってとにかく

めっちゃ臭え!!!笑

 

早くこの臭源をなんとかしなくては!

という本能しかなかった笑

 

 

また同時に、私の本能は淡々と感じ取っていた。

 

あぁ自分もいつかはこうやって腐っていくんだなぁ

って。

 

生き物だもの。

 

 

それで、目が覚めた。

 

私、心のどこかで、自分のことを好きになるべき!って好きになろうとしていた。

 

でも

そんな場合じゃないぜ!

 

と思ったよ。

 

 

自分のことが好きか嫌いかなんて、どうでもよくて、

私は何かを「感じてる」自分がいさえすれば満足だ。

(今回みたいに、めっちゃ臭い〜!!!とかね!)

 

 

だって、いずれ腐るんだもの。

腐ったらたぶん、感じられないから。

 

 

自分のことが好きだろうと、嫌いだろうと、

何かを「感じられる」ことには変わりない。

 

それが私が欲しい全てじゃんね。

 

だからもう、自分を好きになろうという努力はしない。

 

 

 

腐る前に、

この「自分」という存在で、

バシバシ「感じて」生きていくよ!!!

 

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自分が大っ嫌い

自分のこと「大好き〜!」って思う日がある。

そんな日は、みんなのことも好き。

 

自分のこと「大っ嫌い!」って思う日もある。

そんな日は、みんなのことも嫌い。

 

 

今日は自分が大っ嫌い。

だから、みんなのことも嫌い^^

 

 

 

自分のことを

また自然に好きになるのを待つだけ。

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変わらぬ欲求!

小5の時のノートを見つけた。

あるページに、学校で配られたと思われる詩のプリントが貼ってあった。

 

この詩です。

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自分のことばで

小森香子

 

叫んでみよう

自分の心を 自分の思いを

自分のことばで

 

けんかも あそびも なかまづくりも

ちいさないのちを いつくしむことも

歌も おどりも 一つの仕事も

みんな 自分の意志と 責任

 

どこかで つくられた道を

知らぬ間に 歩かされるのではなく

自分の足で 大地に立ち

考えてみよう 自分のことばで

 

それは わたしが生きているあかし

人間らしく 生きてゆくための

かけがえのない あかしなのだから

 

ーーーーーーーー

この詩を読んで、この部分いいな〜って思った!

 

「どこかで つくられた道を

知らぬ間に 歩かされるのではなく」

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これこれ!!!

そう!自分で歩きたいのよ!!!

自分の意志がある方なら、

道がなくてもそっちに行きたいのよ!!!

 

 

そう思ってたら、

小5の自分も同じ部分に惹かれていた。笑

(カヨの小5時代ノート)

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どうやら私の中の、

道切り開こうぜ!的熱血マインドは、昔からあったらしい。

 

そういえば、この件で思い出したけど

この言葉も割と昔から好き。

 

 

「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる。」

(by 高村光太郎さん)

 

 

 

 

はい。

どうやら私は生まれつき、道路工事屋さん的な欲求があり、それを変わらず持ち続けて育ったみたいです。 

 

 

 

 

 

 

 

ないなら作っちゃえ☆

めっちゃ可愛くて見ただけでテンション上がって、書き味もよくて使いやすい無地のノート!


…を探してた!


ここ一ヶ月くらい色んなお店を見てまわったけど、これだ!ってものが無かった。

デザイン素敵でも、使いにくいとか。
書き味いいけど、可愛くないとか。


でも妥協しないで探し続けたよ〜。



そしたらあった!


私の脳内デパートに!笑

作りました\(^o^)/

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これはビフォー

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たかがノートの話かもしれないけど、
こういうスタンス大事にしたいなと思う。


妥協しない。
今あるものが全てじゃない。
ないなら自分でつくっちゃえ!


どこでも、何に対しても、
このスタンスでいきたいなー!